タネからつくる100年の森。
FM事業部

みんなでつくる100年の森

 幅広い阪神園芸の事業のなかでも少し特殊なのがFM事業部だろう。主に施設や公園などの管理運営業務だが、担当する施設によってその内容は様々。なかでも「尼崎の森中央緑地」はかなり特殊な公園だ。「生物多様性をテーマに、都市公園の中に生き物いっぱいの森づくりを官公民が連携して100年かけて行う事業なんです。いろんな生き物が関係しあって生きる環境の森を、100年かけて“タネ”からつくるというもので、SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)とも深く関わっています」。そう教えてくれたのは、FM事業部で尼崎の森中央緑地・森づくりコーディネーターとして活躍する斉藤義人さん。
 この緑地では、地域の遺伝子を残していくため、植えるタネは全て尼崎周辺の森に生えている在来種から採取。それらのタネを発芽させ、ポットに植え替えて育て、森に還していくという。公園の大きさは約29ヘクタール、阪神甲子園球場の約7個分の広さだ。「これらの試みを“みんなの力でする”というのも特徴ですね。ピクニックがてら近くの山にタネを採取に行ったり、植樹のイベントをしたり。地域の方や企業・団体の方々にもご協力いただいています」。

工場地帯から自然豊かな森に

 「昔この辺りは白い砂浜に松林が広がる美しい場所だったんですが、その後埋め立てられ、火力発電所やたくさんの工場が建ち並び、自然の森や海辺がなくなってしまったんです。高度経済成長の時代が終わり、役目を終えた工場跡には広い空き地が残ったんですが、それがこの中央緑地なんです」と話す。大気汚染や工場排水の流入による河川水質汚染などの公害に苦しめられた尼崎が、100年後には六甲山や北摂の山々のような、様々な野鳥や昆虫などと出会える自然豊かな森にしたい、そんな想いが込められた森づくりだ。
 現在、緑地で育てている植物は約400種。全て周辺地域で採取したタネから育てた、地域固有の遺伝子をもった植物だ。「そこにあるのは在来種のシャシャンボ。隣は秋の七草の中でも人気のフジバカマです。在来種って面白い名前が多いんです、タカサブロウとか。品種改良されていないので園芸種に比べたら地味なものが多いのですが、よく見ると可憐でかわいいんですよ」。そう微笑みながら話す斉藤さんの横顔は、植物への愛情で溢れている。

「苗木の保育所」。タネまきや苗の植え替え、育成などを行なっている
「苗木の保育所」。タネまきや苗の植え替え、育成などを行なっている
万葉集に詠まれたような日本に昔からある野草を楽しめる見本園「ゐなの花野」には、可憐な山野草があちこちに

次世代に想いを繋ぐ

 森づくりが始まって15年、緑地はどのように変わってきているのだろうか。「ここ数年はいろんな鳥や虫がやってきてくれるようになりました。去年なんかは準絶滅危惧種のトノサマガエルがやってきてくれたんですよ。木々も最初植えた時は小さな苗木だったのに、今は日陰をつくってくれるまで成長して。森の成長に合わせてやってきてくれる生き物も変わってくるので、毎日がとても刺激的ですね」と斉藤さん。
 昨年は環境学習の一環で小学校が約40校も取り組みに参加したという。「自然に触れ合う機会が減ってきているからか、植物や昆虫をみる子どもたちの目がとても輝いていて。100年かけて森をつくるこの試みは、大人だけがやっていても意味がない。次世代に繋げていく仕掛けづくりが大切です。この事業は“緑化業界のこれから”を引っ張っていく弊社としては、とても重要なものだと思っています」と斉藤さん。
 広大な敷地を維持管理しながらイベントの企画や準備を行うのは骨が折れることだろう。「みどりは安らぎなんです。イライラをおさえたり、優しい気持ちになれたり、命の原点ですね。みどりがないと人間は生きて行けない。マンション住まいで家にあまりみどりが置けないので、僕もここがないと生きていけないです」と笑う。

100年後に想いを馳せて

 取材を終え公園を歩いていると、小さなお子様連れのファミリーや犬を連れて散歩するご年配のご夫婦など、いろんな方とすれ違った。「尼崎って山や森がないんです。加えて、凧揚げができるような広い公園もないので、子どもたちにとってはこの緑地は憩いの場。何も考えずに走り回れる唯一の場所だと思います」と斉藤さん。
 最初は小さな一粒のタネが、発芽し、苗木になり、少しずつ成長して森になる。一言で“100年”と聞くと長く感じるかもしれないが、毎年一つひとつ、少しずつでも木を植え、大切に見守り、次世代につないでいけば、100年後の今頃、この広い広い公園がみどりに包まれた自然豊かな森になる。100年後の景色に想いを馳せて、公園を後にした。